
伝統的に行われている胸骨正中切開創

Port-AccessによるMICSのアプローチ。右第4肋間の小切開創(Key hole)から僧帽弁形成術を行っている。
心臓外科手術では胸部前面中央にある胸骨を縦に切開し心臓に到達する胸骨正中切開法が標準的術式で、ほとんどの症例で用いられてきました。この方法では喉元からみぞおちにいたる20cmほどの切開を必要とします。このような大きな切開を必要とする理由は、心臓手術自体の手術視野を得る必要があることと同時に心臓を安全に停止させ手術中に心臓を保護する体外循環操作のためにスペースが必要だからです。
"Port-access Surgery"とは、「単一または複数の小切開、または'port(s)'から行う外科技術」の総称名で、「広い範囲の外科手術に応用できる技術」です。歴史的には,1997年チトウッドらの右小開胸での内視鏡下手術が,現在のポートアクセスMICS手術の幕開けと考えられますが、慶應義塾大学病院でも同年より.ポートアクセス MICSを開始しております。この時期からPort-access法による心臓手術が盛んに行われるようになり、その後その手術技術が新しいコンピューター技術と結びつき、近年のrobotを用いたrobotic cardiac surgeryへとつながってきています。
Port-access cardiac surgeryは、心臓における"Port-access Surgery"であり広い用語の低侵襲心臓手術(MICS)に入ります。それは胸骨切開を行なわず、肋間から心臓に到達して、心臓手術を行なうものです(右図)。すなわちStandard MICS(胸骨部分切開が主体)よりさらに低侵襲化を目指した心臓手術です。
近年の手術器具と医療材料の進歩により、小さな切開から心臓手術を行う低侵襲性心臓外科手術が米国から始まり、当院を始め日本でも多くの病院で採用され始めています。 慶應義塾大学病院は早くからこの低侵襲心臓手術(MICS)を導入し、1997年に日本低侵襲心臓手術研究会を発足させ、事務局を慶應義塾大学に置き、四津良平教授が幹事を務めています。
ここに紹介するポートアクセス法は、この低侵襲心臓外科手術の中でも最も進歩した手術方法です。世界中では欧米を中心に、既に6,000例を越える症例が本法で手術を受けています。現在我が国においてポートアクセス MICSを行っているのは慶應義塾大学病院のみです。

Port-AccessによるMICSの術後皮膚切開創(ASD術後)患者の手術に対する満足度は非常に高い。患者は術後3日で退院した。
低侵襲心臓外科手術では、皮膚切開は5〜7cmと従来の半分以下とし胸骨は全く切開しません。その小さな切開口から心房中隔欠損孔の手術や僧帽弁の人工弁の置換や形成術を行います。現在は、従来の体外循環システムを利用し、小切開口から心停止、心筋保護を行っています。ポートアクセス法はこの体外循環を低侵襲心臓外科手術に合わせ、安全性を保って侵襲性を軽減し患者さんの負担を軽減することを目的としています。
a.麻酔と体位
全身麻酔下に右内頚静脈より心機能のモニタリングのためのスワンガンツ・カテーテルなどを挿入します。体位は右側臥位または仰臥位で、経食道心エコープローブの挿入と除細動パッドの貼付を行ないます。手術の皮膚消毒と滅菌ドレープは、ポートアクセス法が困難なときに胸骨正中切開ができるように準備します(右図)。
b.皮膚切開
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| 第4肋間開胸により手術を行う |
右乳房下縁の切開線 |
皮膚切開は右乳腺下の通常第4肋間における約5cmで行ないます。女性患者では術前に起立した状態で右乳房の下縁にマーカーラインを付けておき、そのラインを切開線とします。これで、左右乳房の変形・歪が生じず術後の美容的な観点から優れた結果を得ています。
c.人工心肺
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| ポートアクセスによる僧帽弁形成術後の皮膚切開創(第4肋間開胸):患者は術後4日で退院し、的確に行われたMICSは、患者の手術に対する満足度は精神的にも肉体的にも非常に高い。 |
人工心肺の回路は末梢からの体外循環で行います。通常右大腿静脈から1本の脱血カニューレ(1本脱血)を経皮的に挿入し、脱血カニューレ先端を上大静脈にまで経食道心エコーのガイド下に押し進めます。もちろん2本脱血が必要であれば前もって右内頚静脈に留置した5Frのシースを用いて経皮的に挿入(通常18Frの送血カニューレを脱血用に代用)する場合もあれば、上大静脈に脱血カニューレを直視下に挿入することもあります。送血カニューレ(通常18または20Fr)はカットダウンによって大腿動脈に挿入します。この人工心肺確立後に心房中隔欠損症及び僧帽弁の手術を行います。
ポートアクセス法で期待される利点と問題点
本法の合併症とその頻度
ポートアクセス法に用いる手術器具はポートアクセス法を目的として開発された米国製またはドイツ製の手術器具を用います。それら手術器具の使用には習熟が必要ですが、器具の進歩により現在ではより安全に行われるようになりました。当院ではポートアクセス法の心臓手術はトレーニングを受けた医師のみが行っております。当院でのこれまでのポートアクセス法204例の経験(2005年12月現在)で、この方法を始めた初期(1998年)の1例が手術操作に困難があり、通常の胸骨正中切開の手術に変更されました。そして目的の手術(僧帽弁置換術)が遂行され元気で退院されています。それ以後は症例の選択、技術の習熟・進歩、手術器具の開発により胸骨正中切開に変更した症例はありません。この連続した204例の手術成績は、1例の手術死亡を除き残りの患者さんは、全員満足して退院しておられます。退院してからの遠隔死亡はありませんでした。
ポートアクセス法で困難になったらどうするの?
ポートアクセス法で安全な手術操作が確立できない場合は、速やかに従来の胸骨正中切開の手術方法に変更します。本術式ではカニューレ以外の人工心肺装置(人工肺やポンプ)は従来の形式と全く同一ですので、移行に伴う操作は容易です。
手術費用
ポートアクセス法での手術費用については特に従来の手術費用と変わりありません。高度な技術を要する手術ですが、手術費用は通常の胸骨正中切開の費用と同じです。健康保険が適用されますので健康保険の範囲で補助が得られます。
慶應義塾大学病院におけるポートアクセス法で行った心臓手術の経験
2005年12月までにポートアクセス心臓手術を204例経験しました。病気の内訳は、心房中隔欠損症、僧帽弁膜症、CABG 左房粘液腫などでした。僧帽弁膜症に対しては弁形成術を最優先しております。弁形成術が困難な症例には弁置換術を行いました。その204例の手術成績は、1例の手術死亡を除き、良好な結果でした。また退院されてから死亡された患者さんはおりません。早期退院に関しては、平均8日(最短3日)で退院されました。再入院症例はありませんでした。病気の種類によって退院までの入院期間は違いますが、全体を平均すると術後8日で退院しました。日常生活には帰宅後6日で復帰していました。就業についてみると帰宅後16日でデスクワークに、また帰宅後21日で大工仕事などの肉体労働に就いていました。これら患者さんへのアンケートをみますと低侵襲心臓手術(MICS)手術への満足度は非常に高いです。