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A 人工心肺って何ですか?
ほとんどの先天性心疾患を修復するのに、心臓外科医は血液がなくかつ心臓の動きもない手術野での手術操作を必要とします。このためにはどうしても心臓と肺の動きを止めなければなりません。心臓と肺の機能が止まっている間の患者さんの生命を維持するには、そのあいだも栄養と酸素を運んでくれる血液を体中に循環させる手段が必要となります。それが人工心肺装置なのです。
塩化ポリビニールでできたチューブ類を使います。大口径の管(カニューレ)を静脈または右心房に入れ、体から静脈血(青い血)が工心肺回路に入ります。チューブはポンプを通り、その患者さんにとって適正な流量に調節することができます。適正な流量とはその患者さんの大きさや体温により規定されます。
次にチューブはポンプから血液中の酸素と二酸化炭素の交換をする人工肺を通ります。これにより血液は赤い色に変わります。こうして酸素化された血液はチューブを通り、大動脈に入れておいた先ほどとは別のカニューレを介して患者さんの体に戻ります。
このように人工心肺は患者さんの血液が心臓と肺を通らないバイパスであり、心臓外科医にとって好ましい手術野を得ることができ、かつ心臓と肺以外のすべての臓器に栄養分や酸素を常に供給するものです。
ポンプと人工肺、カニューレ、チューブ類が合わさって人工心肺回路を構成しています。
患者さんが人工心肺装置で補助されている状態を"オンポンプ"といいます。
B 人工心肺にはどんなリスクがありますか?
1951年ミネソタ大学で最初の臨床応用が行われて以来、人工心肺はリスクの少ない標準的な方法として広く用いられるようになりました。しかし、人工的に体の循環が賄われていこと自体によって、副作用がいくつかあることを認識する必要があります。
人工心肺は特に心臓、肺、脳、腎臓など体中いたるところに悪影響を与えることがあります。これは主として手術前の患者さんの状態がどの程度であったか、人工心肺によって補助されている時間がどれぐらい長かったか、または手術操作がどれぐらい複雑であったかによって変わってきます。
まず、心臓の機能は人工心肺の後ある程度低下することがあります。人によっては脳に悪影響が出て神経症状が出ることがあります。脳発作や痙攣の発生は稀ですがゼロではありません。腎臓の障害は尿量の低下で澄む場合から完全に腎機能が失われることもあります。肺に関しても水を含んで十分に膨らんでいない状態となることがあります。人工心肺によって補助されている間、患者さんの血液はその回路の表面にさらされるために、炎症系の反応が活性化されます。この状態によって身体の組織が損傷を受けることがあります。人工心肺の回路を満たすのにある一定の量の液体が必要になり、患者さんの血液は薄まります。限度を超えないようにするためには、どうしても輸血が必要になります。
多くのケースではこれらのリスクは1%未満ですが、複雑な病態や手術操作が加わると10から20%にまで高くなることもあります。
C どういった人が人工心肺装置を運転するのでしょうか?
専門の資格を持った臨床工学技師が運転します。この人たちは開心術の重要なメンバーであり、装置のセットアップと運転操作を担当します。
臨床工学技師は患者さんの大きさと手術操作の種類によって、適切な回路の組み立てを行います。患者さんが人工心肺によって補助されている間、動脈や静脈の圧、心電図、血液凝固の状態、血液の酸素、二酸化炭素濃度やpH, 各種のイオンの血中濃度を監視します。臨床工学技師になるには3年の専門課程の間に心臓の解剖学や薬理学、生理学、生化学、流体力学をマスターすることが必要です。
慶應義塾大学病院には2009年現在で23人の臨床工学技師がいます。
D 小児の心臓血管外科の手術ではどこを切りますか?
胸骨正中切開といって胸の真ん中を縦に切り、左右の鎖骨の間から鳩尾までの縦長の板状の骨も電気鋸などを用いて縦に切ることにより心臓に到達する方法がもっとも一般的な方法で、歴史的にも古くから安全性が確立された方法です。多くの開心術で依然として採用されている方法です。
また開胸法といって、胸の横側(左または右)を切り肋骨と肺をよけて手術を行う方法をとる場合があります。動脈管開存症の手術などで時々用います。
また小切開手術が可能な場合もあります。
E 術後の経過が順調な場合の入院期間はどれぐらいですか?
あくまでひとつの目安ですが、心房中隔欠損、心室中隔欠損、動脈管開存の2歳以上の場合ですと術後1週間、1歳以下の場合でも比較的単純な疾患の場合は10日間です。新生児の開心術の場合には大事をとって3週間の入院期間を取っています。
F 手術で用いられる人工物には問題はないのでしょうか?
われわれは極力、人工物を避ける工夫を行っていますが、小児の心臓手術でも成人と同様に人工物を必要とする場合があります。人工宛布(パッチ)、人工血管、人工弁などが挙げられます。これらの血液に曝される人工物は感染が一番の関心事ですが、虫歯や切り傷などの手当てをしていれば滅多に起こすことはありません。人工血管や人工弁を小さなお子さんに入れた場合には成長に伴って交換が必要になることがあります。その他、手術で用いられる縫合糸、血管クリップ(留め金)、胸骨ワイヤーなどはまず弊害はありません。
G なぜ心臓の手術には血液が特に重要なのですか?
ヘモグロビンは赤血球の中にある分子で肺から体中のすべての組織に血流に乗って酸素を運搬する役目を負っています。
ヘモグロビン(またはヘマトクリット)濃度が正常であることが体の酸素必要量を供給するのに重要です。ヘモグロビン濃度が低い(貧血)と体に必要な酸素量を運ぶために心臓がより多くの仕事をしなくてはなりませんが、心臓の奇形や機能低下があった場合などはこれが不可能になることがあります。また血液が自然に固まるようになる仕組みは非常に複雑でありある血液の成分がこれに関与しています。
心臓の手術では、出血による合併症を合資するためにこのしくみを適正に維持することが必要なのです。
H 無輸血でも脳は大丈夫ですか?
体格の小さい患者さんに開心術を行う場合、人工心肺回路に輸血の血液(赤血球)を充填することにより、術中の貧血による諸臓器の機能障害を防止します。特に脳は最も酸素需要の高い臓器であり脳機能の保持はもっとも高い関心が払われるべきです。
輸血による合併症は昨今の報道で大きな問題になっているのは承知していますが、現在の輸血学の水準で検査をすりぬけて輸血にエイズや肝炎ウイルスが混入されてしまう確率は約500万分の1です。輸血を避けて、これ以上の貧血状態で開心術を行った場合には手術自体の即時的な影響はないでしょうがそれでも将来のIQなどの脳機能への悪影響に危惧が残ります。これらの得失を考慮に入れた結果、われわれは現時点においては小さい患者さんに対しては無理をせず輸血を人工心肺に加えるべきと考えています。
輸血を避ける、または減らすためにわれわれは人工心肺回路をミニチュア化し、手術操作を迅速化して赤血球の破壊を最小にくいとめるようにしてきましたが、それでも無輸血で行える限界は存在します。現在われわれの施設において進行中の研究で、人工赤血球を人工心肺回路へ充填する方法を検討しています。この方法が臨床で使用可能になれば輸血による合併症がなく、かつ脳などにも悪影響を与えない安全な開心術が可能となり、複雑先天性心疾患のため開心術を受ける多くの患者さん(特に乳児)にとっては大きな福音になると信じております。
I 心臓の手術ではいつ血液が必要になるのですか?
手術の前にもし貧血があればその時点で輸血して、特に新生児の複雑心疾患の場合などは心臓の機能を安定化させます。
手術室では血液を人工心肺の回路に充たす液として使用し、限度以上に血液が薄まらないようにします。手術後も、ドレーンからの失血や採血が頻繁になって貧血になるのを防止する目的で輸血することがあります。
J 輸血を使うことのリスクはどんなものですか?
輸血製剤は日本赤十字社で、現時点において最大限の検査を行い合格したものですが、副作用を完全に予防できる訳ではありません。発熱、悪感、アレルギー、蕁麻疹が3%以下で、輸血後の肝炎、ショック、溶血が0.02%で、また極めてまれですが輸血を介したHIV、マラリア、梅毒のどの感染や、輸血後GVHD(輸血に混入した供血者の細胞による免疫反応)がありえます。