右腋窩小切開アプローチによる低侵襲大動脈弁置換術(Stonehenge Technique):
「低侵襲大動脈弁置換術」にValve in Valveの選択肢を
はじめに
大動脈弁狭窄症や大動脈弁閉鎖不全症などの弁膜症は、進行すると心臓の機能に大きな影響を与え生命を脅かすため、病状が悪化した場合は治療が必要となります。当院ではハートチーム(心臓血管外科・循環器内科・麻酔科、看護師、理学療法士などの多職種専門家チーム)により術前状態を十分に検討した後に治療戦略が決定され、特に75歳以下の若年患者様には積極的に「大動脈弁置換術」をおすすめしています。
当院は低侵襲心臓外科手術(Minimally Invasive Cardiac Surgery, MICS)と呼ばれる「小さな創で患者さんに優しい」手術を行っていることで良く知られる施設の一つで、大動脈弁膜症に関しては右腋窩(えきか)小切開アプローチによる低侵襲大動脈弁置換術(Stonehenge technique)を開発し、長期にわたってこの方法による手術を積極的に実施しています。
正常の大動脈弁
大動脈弁狭窄症
Stonehenge technique(ストーンヘンジテクニック)の有効性
右腋窩小切開アプローチによる大動脈弁置換術は、右の脇の下に切開線がおかれるため、他の術式に比較して圧倒的な美容的利点を有しています(図1)。胸骨に切開を加えることもないため、術後の運動制限もなく早期に高いレベルでの社会復帰が可能です。
しかしながら開胸創から上行大動脈基部までの距離は男性でおおよそ17-19cm程度、女性であっても14-16cm程度離れており、この深い外科的視野とそれに伴う難易度の上昇が手術の際の問題点です。

図1.右腋窩小切開アプローチによる大動脈弁置換術の症例
開胸創から上行大動脈基部までの距離は18cmと遠く離れており、この深い外科的視野は手術の際の問題点となる。
そのため、このアプローチの欠点である深い外科的視野を、特殊な方法で心臓全体を右胸壁に引き寄せることによって打ち消して、安全に大動脈弁置換術を行うことが出来るように改良を施しました(図2, 3)。
図2 心膜牽引により心臓を右胸壁に移動
特殊な配置に心膜を牽引することで心臓全体を右胸壁に引き寄せる。
イギリスにある有名な遺跡のように、上行大動脈基部を心膜ごと右胸壁に引き寄せることで、上行大動脈を開胸創の目と鼻の先まで近づけることが可能となった。
図3 ストーンヘンジテクニック
上行大動脈基部を心膜ごと右胸壁に引き寄せる様子がイギリスにある遺跡ストーンヘンジに似ていることにちなんで名付けた。
上行大動脈を手の届く範囲まで引き寄せることにより、非常に大きなワーキングスペースが確保され、これに伴いこの手術法の最大の特徴となる多種多様な併施手技が可能となりました。
大動脈弁置換術だけでなく、心房細動の際の左心耳閉鎖、左室流出路狭窄に対する中隔心筋切除術、三尖弁形成術(置換術)および僧帽弁形成術(置換術)の併施、狭小弁輪症例に対する弁輪拡大術など、他施設では施行出来ないような併施手術も当院では積極的に行っています。
従来の胸骨正中切開との比較
| Stonehenge technique (右腋窩小切開) |
胸骨正中切開 | |
|---|---|---|
| 切開部位 | 右腋窩 (約 6cm) | 胸の中央 (約 20cm) |
| 体への負担 | 低侵襲 | 高侵襲 |
| 回復期間 | 短い | 長い |
| 術後の痛み | 少ない | 強い |
| 美容的なメリット | 傷跡が目立ちにくい | 傷跡が目立つ |
| 胸骨への影響 | なし | あり |
TAVI(経カテーテルによる大動脈弁留置術)時代に求められる初回低侵襲大動脈弁置換術とは
近年、重度大動脈弁狭窄症の治療において経カテーテル大動脈弁留置術(TAVI)が急速に普及しました。TAVIの臨床結果は満足できるものではありますが、生体弁を用いた外科的大動脈弁置換術は20年を超える優れた長期結果が報告されていて、現時点においてもTAVIの長期成績は明確ではありません。そのため余命が十分に長いと考えられる若年の患者様には全世界的に開胸による外科的大動脈弁置換術をすすめることになっています。
ただし外科的手術であってもTAVI同様、低侵襲であることは必須の時代ですので、私たち外科医が外科的に大動脈弁置換術を行う際に達成すべき三要素は、胸骨正中切開を回避し右小開胸下に低侵襲手術を行うこと、体のサイズに見合う十分な大きさの生体弁を縫着すること、そして将来を見据えた段階的な治療戦略を練ることです。外科的生体弁は十分な耐久性が証明されていますが、時間経過とともに劣化していくことがわかっています。そのため長生きをすればするほど、いずれは二度目、三度目の治療が必要になる可能性があり、これをValve in Valve(外科的大動脈弁置換術を行った後、その弁が劣化した際は、その中にTAVI弁を留置する方法)を用いることで低侵襲に完了することが将来的な目標となります。
それゆえ、ただ低侵襲に大動脈弁置換をすれば良いというわけではなく、次のValve in Valveに備えた大動脈弁置換を行うことがとても大切になります。この評価がきちんとできていないとValve in Valveを行った際に冠動脈閉塞が起こりやすくなり心筋梗塞などの重大な合併症が生じる可能性が高まることがわかっています。
ですから初回手術時に、どのような種類の生体弁を選択するのか、そして大動脈弁輪やそれに続く上行大動脈の径がどれくらいの大きさなのかということを十分検討し、必要に応じて大動脈弁輪や上行大動脈を部分的に拡大することがとても重要になってきます。
これらを右小開胸下の小さな外科的視野の中で成し遂げることは極めて困難とされてきましたが、当院ではStonehenge techniqueを用いて弁輪拡大術やそれに引き続く上行大動脈をも拡大することが可能で、将来的に安全にValve in Valveを行うことが出来る大動脈弁置換術を患者様に提供しています。
当院の右腋窩小切開アプローチによる低侵襲大動脈弁置換術(Stonehenge Technique)
当院では、低侵襲心臓手術指導医資格を持つ経験豊富な心臓外科医であり、かつStonehenge techniqueの実際の開発者が右腋窩小切開アプローチによる低侵襲大動脈弁置換術を提供しています。
術前の流れ
- 徹底した術前検査: 心臓の状態を詳しく評価し(心エコー、CT・MRI検査など)、手術の適応を慎重に判断します。
- チーム医療: 医師(心臓血管外科・循環器内科・麻酔科)、看護師、理学療法士など、多職種の専門家が連携しながら治療戦略を練り患者様をサポートします。
手術の流れ
- 麻酔: 全身麻酔を行います。
- 手術: 右側の肋骨の間を小さく切開し大動脈弁を置換します。必要に応じて様々な併施手術を同時に行います。
- 術後: 集中治療室で経過を観察し、状態が安定すれば一般病棟へ移動します。
- リハビリテーション: 理学療法士の指導のもと、リハビリテーションを行います。
- 退院: 状態が安定すれば退院となります。
退院後の生活
- 内服薬: 指示された内服薬をきちんと服用してください。
- 術後のケア: 手術後の生活指導を行い、早期の社会復帰を支援します。
- 定期的な診察: 定期的な診察を受け、心臓の状態をチェックしましょう。
- 生活習慣: バランスの取れた食事、適度な運動を心がけ、健康的な生活を送りましょう。
ご質問・ご相談はお気軽に
詳しくは外来担当医、または当科のお問い合わせよりご相談ください。
動画1 生体弁を用いた低侵襲大動脈弁置換術(Stonehenge Technique)
動画2 機械弁を用いた低侵襲大動脈弁置換術(Stonehenge Technique)
動画3 将来的なValve in Valveを想定し、大動脈弁置換術だけではなく大動脈弁輪拡大術およびValsalva洞、Sino-tubular junction拡大を追加(Stonehenge Technique)
